放浪コラム
チェレンコフ光
2007年09月10日 16時54分
これも、1998年のエッセイ。
美しく神秘的なものはいろいろあるが、そこに恐怖というか畏敬というかそんな概念が入るとさらに美しくなると僕は思う。鞭を持った女王様は美しさと同時に恐怖も外に出していなければ美しさ半減である。
僕はある粉雪の降る午後、K大学の原子炉の実験所を訪れた。この度補正予算でちょっとしたCGを作成することになり、原子炉のモデリングをすることになったのだ。実際作業をする会社の方を引き連れ、打ち合せに出向いたのだった。
事無く打ち合せが終わり、さて帰ろうかという時、先生からご提案が。
「原子炉見ていきます?」
普段、週一で見学会があるのは知っていたので、めったに無い機会に科学好きの僕は興奮してちょっとためらっている連中を促して見学させてもらうことにした。
「もうすぐ原子炉止めるからちょっと待ってな」
さて、原子炉のある建物に向かう。名目上はモデリングの下見だ。が、気分はお上りさん。入り口で名前、所属を記入。が、見学者用の紙の右の方には
「被ばく量」
の空欄が用意されている。しかも、名簿の上の方には5人に1人ぐらいは単位はよく分からないが数字が入っている。ちょっと不安になってくる一行であった。
靴を脱いで黄色い「放射線マーク」の入ったスリッパに履き替える。病院の集中治療室に入る時みたいな服もあるが、今回は必要ないとのこと。で、そこで先生から電子体温計のお化けみたいなのを渡される。
「先生これなんですか?」
「数字が上がっていったら被ばく量のことやから、気をつけてな」
「???!!!」
「携帯電話はスイッチ切っておいてな。数字上がるから」
まぁ納得して建て屋内へ。二重のエアーロックの扉をくぐる。中の方が気圧が低くて空気が外に漏れない構造になっている。中はさすがにでかい。入り口近くでパネルを元にちょっと説明を受ける。で、周囲のキャットウォークに沿って上から原子炉を見学。と、「ビーっビービービービービー」と警報音とともに開いてはいけないようなドアが開こうとしている。
「先生大丈夫ですか?」
「気にしたらいかんよ。大丈夫。今日は年度最後の運転だったから作業も多いんや」
運転管理室に進む。なんせ日本でもかなり古い世代の原子炉だから管理室もウルトラ警備隊みたいだ。と、そこで運転部の技官の方から「面白いもの見せてあげよう」との提案。原子炉の真上にいける梯子廊下を進む。普通の見学者は立ち入れないコースだ。
「原子炉を止めてしばらくはまだ放射能が出ているんですよ。そこで冷却水にその放射能が影響して青い光を放ってます。それがチェレンコフ光です」
「チェレンコフ光?」
そこで我々は原子炉の上に立って小さいキャップをはずした穴から中を一人一人覗いた。そこには暗闇の中で怪しく光る、美しさと恐ろしさを持った光が光っていた。本当に美しい。
次に地下へ。これも完全にコース外。まさに原子炉の側面に出る。コンクリートの向こうは原子炉の中だ。が、表面にクラックが・・・。これからメンテナンスするらしい。このあたりで、懐の被ばく計が気になるが仕方ない。
「向うの部屋も見てほしいけどセンリョウ多いしなー」
「センリョウ?」(もちろん放射線量のことである)
僕らは丁重にお断りして出口に向かった。ちなみに女性は見学はできないそうだ。卵子は数が決まっているので、生産工場のある精子と違いやっぱりまずいらしい。出口で被ばく計を見ると、「ゼロ」の値。ホッとしつつも(見学用はゼロしか出んのちゃうか)と疑念がよぎる。
次に放射線測定器へ。体重計みたいなのに乗って手を機械に入れる。するとメーターが上がって結果が表示。
「手0.0 手首0.0 足1.2」
足の1.2がとても気になったが、画面には「異常なし」と出る。
「足は床するからちょっとはでるんや。心配ないよ」
とのこと。壁を見ると、「60時間/月以内」の張り紙・・・。
僕らはお礼を述べて実験所を後にした。貴重な体験であった。
総じて言えるのは、「目にみえんだけに恐い」ということ。ただ、原発に反対の立場の僕も今回は貴重な体験だ。ここはもちろん医学、物理、農業、化学他多様な分野への中性子実験を行っているアカデミックな実験所。毎年一回公開してるので、実験炉のホームページを見て興味のある人は見学して下さい。僕は今月は後、58時間なのでパスしますね。
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