放浪コラム
方言で行こう
2007年08月30日 01時02分
これも1998年。
いわゆる新年度がスタートしました。新入生、新社会人の方は今までと違った生活が始まったと思いますがどうですか?毎日のリズムの変化とともに、身の回りの人の変化も大きいのではないでしょうか。特に各地方から人が集まるような場では、受験の話題、就職活動の話題とともに方言がけっこう「つかみ」として話にのぼりますよね。
僕は「香川→京都→千葉→東京→名古屋→香川」という変遷をたどりましたので、自分の言葉がよく分かっています。京都時代は恥ずかしくも関西弁が会話の中に混じりまして、地元の関西人からは恐らく軽蔑の眼で見られていたのでしょう。東京ではその流れで、讃岐弁ベースの関西語混じりで過ごしました。関西以外の方には「森田君、関西出身?」と言われたりしました。名古屋時代は既に何語をしゃべっているのか自分でも分からなくなりましたが、さすがに名古屋弁には染まれませんでした。「標準語を名古屋弁に訳しなさい」という設問にはけっこう回答できるんですけどね。
で、地元に帰ってくると一発で讃岐弁が復活です。ブランクは関係ないですね。そもそもブランクがあったこと自体変な事かもしれません。どうも、「いかん、今の方言や。通じてないかも?」と卑屈に考えて、標準語なり関西弁なりの多数派言語に変換していたみたいです。その延長でイントネーションまで妙に変わってたりして。思うに、「方言のまま通す!」という地方分権時代には尊敬に値する行動は、分かっていても難しいようです。
が、僕が学生時代に同じクラスだった女の子は素晴らしかったです。彼女は宮崎県出身のかわいい、書道が無茶苦茶上手い才女で、授業も一度も休まない真面目な女姓でした。一方僕は「授業を休む権利も学生にはあるのだ!」という馬鹿な不真面目学生なのでテスト前には常に友人を頼る男でした。英語のノートは決まって、その宮崎出身の女の子に借りていたのです。普段、彼女はかわいい、けど難解な宮崎の言葉「日向弁」を操って僕らを当惑させるのですが、借りたノートのコピーをテスト前日深夜に見てビックリ!何と英語の和訳がどうも日向弁混じりなのです。
おかげで、お馬鹿な男友達数人と朝まで「日向弁→標準語」の訳をすることになりました。
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